水族館劇場 Theatrum(テアトルム) mundi(ムンディ)  — 世界は劇場 —

明治大学人文科学研究所公開文化講座
Theatrum(テアトルム) mundi(ムンディ)  — 世界は劇場 —

今回の公開講座では、桃山邑さんと高山宏先生と中沢新一氏の3名がそれぞれ2人ずつ対談するという形式で行われました。

桃山邑さんは水族館劇場を主催しています。私の印象では、単管で作った仮設劇場、大量の本水、新派大悲劇的筋が強く印象に残っています。

桃山邑 ✕ 高山宏
桃山邑さんは、建設現場で活躍されている現役の職人であり、今回の対談会場も柱の中に鉄骨はどのくらい入っているのだろう?などという見方を披露されていました。新しい重機を発見すると、どうやって芝居で使ってやろうか、とワクワクされるそうです。

半年現場で稼いで、仮設劇場の建設に2ヶ月かけて、全国を旅してまわる四半世紀といった桃山邑さんのストレートな生き方が素のまま引き出された得難い対談でした。

劇団で収益をあげるのは至難の技で、特に毎回仮設劇場を建設するような小劇場であれば集客も限定されます。赤字経営のため継続性に対する不安があり、経済的な成功を目指すべきなのかという迷いも、かいま見られました。

また、高齢化した日雇い労働者など社会的な弱者と寄り添って行かなければならないという義務感を感じているようでした。

桃山邑 ✕ 中沢新一
先の対談を受けて、中沢新一氏が桃山邑さんへ経済的に成功していなくとも四半世紀続けて来れたことにエールを贈ります。緑の党について質問されると、資本主義的な価値観ではないシステムの変革を期待している。厳しく言えば、社会性を帯びて弱者の存在や矛盾をアピールしてもシステム自体は変わらない。もし、変えたいなら今までとは違うやり方を試すのが良いということをエレガントに話されておりました。

桃山邑さんは中沢新一氏の緑の党運動について、同じ方向を目指しているものの、やり方が今までとは違う点に興味を持たれているようでした。

中沢新一 ✕ 高山宏
シェイクスピアから劇場と世界、イエズス会からフランチェスコ会そしてフェリーニ・映画とジェットコースターのような楽しい対談でした。中沢新一氏は演劇より映画派だと笑いながらの結論となりました。
話の軸は「バロック/マニエリスム/ピクチャレスク」のタイトルで明快なように、マニエラというか手法になります。
つまり、水族館劇場の見所は、社会的なメッセージ性はさておき、劇場自体を作ったり、大量の本水を使ったりする点であるとアドバイスしているように思いました。

後の質疑応答で中沢新一氏が「メッセージソングは大嫌いだ、それで何も変わらなかったからだ」と解りやすく説明していました。作品にメッセージ性を与え社会を変えたいという向きと、その方向でのアプローチを続けても変わらないなら他の方向性を取るほうが良いと考えるというパターンがある、そしてどちらが正解というものでもないと高山宏先生がまとめて終了となりました。


以上、私の感覚で感じた内容をバッサリとまとめてしまいましたが、全然違う印象を持たれた方もいらっしゃると思います。詳しくは、後日対談内容が公になると思うのでそちらを参照願います。